歴史好きの大和徒然草子

奈良県を中心とした散歩や歴史の話題、その他プロ野球(特に阪神)など雑多なことを書いてます。

歴史の話

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(5)

皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃の空中攻撃隊総隊長、淵田美津雄をご紹介して今回5回目です。 www.yamatotsurezure.com 真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争の序盤戦、日本は瞬く間に南太平洋を席捲し、アメリカ、イギリスを圧倒しました。 敗戦続きのアメリカ…

天下人を支えたナンバー2。大和大納言、豊臣秀長

皆さんこんにちは。 成功する組織には優れたリーダーはもちろんですが、優秀な補佐役となるナンバー2がいるものです。 織田信長の覇業を継承して、天下人となった豊臣秀吉。 下層階級の出身から武士となったと考えられる秀吉が、第一の家臣として、終生最も…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(4)

皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃の現場総指揮官、淵田美津雄をご紹介して今回4回目です。 徹底した隠密行動で真珠湾奇襲を成功させた、日本海軍の第一航空艦隊は、アメリカ太平洋艦隊の主力戦艦の多くを撃沈、大破させ、所期の作戦目的を達成しました。 www.y…

明智光秀と奈良

皆さんこんにちは。 2020年大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公として、脚光を浴びている明智光秀。 彼のゆかりの地といえば、領地のあった近江坂本や、丹波亀山、福知山が有名でしょうか。 奈良県域の話題や歴史的な出来事をご紹介する当ブログとは一見無縁の…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(3)

皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃隊の総隊長、淵田美津雄をご紹介しています。 日中戦争が泥沼化する中、中国、東南アジアへの日本軍の進出をめぐり、日米は一触即発の緊張関係となっていました。 www.yamatotsurezure.com 1941(昭和16)年11月26日、給油艦6…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(2)

皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃隊の総指揮官を務めた淵田美津雄の半生をご紹介する、今回2回目となります。 前回はその出生から海軍士官となり、飛行将校として歩みだした淵田をご紹介しました。 www.yamatotsurezure.com 1922年のワシントン海軍軍縮条約以…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(1)

皆さんこんにちは。 今回ご紹介する人物は、日米開戦の火ぶたを切った真珠湾攻撃で、真珠湾攻撃隊の総指揮を執り、「トラトラトラ(ワレ奇襲ニ成功セリ)」のトラ連送の暗号打電を行った、淵田美津雄です。 太平洋戦争の戦史について、詳しい人以外、日本で…

変節漢か忠義の士か。藤堂高虎

皆さんこんにちは。 藤堂高虎という戦国武将をご存知でしょうか。 築城の名手として知られ、その特徴は高く石垣を積み上げる高石垣。伊賀上野城が代表格ですが、同じく戦国末期に築城の名手として知られた加藤清正の反りを重視した石垣とはまた違った見どこ…

日本独自の美「侘び」の発見者、村田珠光

皆さん、こんにちは。 奈良にまつわる話題や人物について、ご紹介してきた当ブログですが、今回ご紹介するのは村田珠光という人物です。 村田珠光のこと、ご存じでしょうか。 室町中期に奈良に生まれた人物で、現在我々がイメージする茶道、茶の湯の様式を創…

三英傑(信長・秀吉・家康)は理想の上司、経営者か!?

皆さんこんにちは。 いつもは奈良を中心とした人物や歴史、史跡と、少々ニッチな話題を書いてる当ブログですが、「たまにはメジャーどころの話題も書いてみたいな」ということで、今回は戦国の三英傑、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を取り上げてみたいと思い…

江戸を造った法隆寺番匠 中井正清

皆さんこんにちは。 飛鳥時代からの建築が今なお健在な法隆寺。 この建築を支えてきたのが、代々法隆寺に奉仕してきた番匠(宮大工)たちです。 法隆寺が生んだ不世出の宮大工といえば、昭和の大修理や薬師寺の伽藍復興で活躍した、西岡常一棟梁を思い浮かべ…

大和一向一揆。戦国大和の宗教戦争

皆さんこんにちは。 一向一揆というと、加賀一向一揆、長島一向一揆、歴史マニアの方なら三河一向一揆などが有名ですね。 興福寺の勢力が強かった奈良、大和国とは一見無縁のようにも見えますが、実は興福寺や筒井氏をはじめとする国人達と本願寺門徒たちの…

奈良県の怪異・妖怪の伝承(8)「たたり・怨霊」

皆さんこんにちは。 古来より、恨みを抱いて亡くなった死者が、怨霊となって祟る、怪異をなすというお話は多いですね。 四谷怪談や番町皿屋敷など、怨霊は怪異譚の定番ともいえる題材ですが、今回は奈良県に伝わる怨霊にまつわる怪異譚をご紹介したいと思い…

三成に過ぎたるもの。嶋左近(4)

皆さんこんにちは。 前回は筒井氏の伊賀転封から、嶋左近(島左近)の筒井氏退去、石田三成の家臣となるまでの動向をご紹介しました。 今回は三成のもとでの左近の活躍を追っていきたいと思います。 文禄の役と大和検地 佐和山での左近 関ヶ原 文禄の役と大…

筒井氏退去と石田三成の家臣となるまで。嶋左近(3)

皆さんこんにちは。 その人生と実像が謎に包まれた嶋左近(島左近)について、筒井順慶の家臣時代について、ご紹介してきました。 www.yamatotsurezure.com 今回は、順慶死後の左近の動向について、ご紹介していきたいと思います。 筒井氏退去 石田三成の家…

ならまちに残る花街を巡る。元林院町、木辻。

皆さんこんにちは。 近年、街歩きを楽しむ方も増え、奈良ではいわゆる「ならまち」エリアが、散策スポットとしてとても人気が出ていますね。 このならまちエリアに、2か所、かつて大いに栄えた花街があるのをご存じでしょうか。 元林院町 木辻 元林院町 まず…

筒井の右近左近は真実か。嶋左近(2)

皆さんこんにちは。 前回は、謎に包まれた嶋左近(島左近)の出自について、諸説をご紹介しました。 www.yamatotsurezure.com 今回は、またもや謎だらけの、筒井氏時代の左近について、ご紹介したいと思います。 筒井順慶の家臣となった時期 筒井の右近左近 …

奈良県の怪異・妖怪の伝承(6)「多武峰の神像破裂」

皆さんこんにちは。 今回は、平安時代から江戸時代まで度々起こった、多武峰妙楽寺(現談山神社)の「神像破裂」という怪異についてご紹介します。 かつて、天下に異変があるとき、妙楽寺の裏山で藤原鎌足の墓所がある御破裂山(ごはれつざん)が鳴動し、妙…

謎に包まれたその出自。嶋左近(1)

皆さんこんにちは。 嶋左近(島左近)といえば、関ケ原の戦いで西軍を率いた石田三成の重臣として知られています。 特に関ケ原の前哨戦ともいうべき杭瀬川の戦いで東軍を打ち破り、関ケ原の戦いでも石田隊の主力として奮戦して武名を轟かせ、今も小説や漫画…

国技相撲と向き合った不世出の哲人力士、笠置山

皆さんこんにちは。 2020(令和2)年の初場所は、奈良県出身としては98年ぶりに、徳勝龍が西前頭17枚目からの劇的な優勝を遂げました。 奈良県は、「相撲発祥の地」(あくまで神話上ですが…)ともされているものの、明治以降の大相撲の歴史の中で幕内力士は1…

強訴。時の権力者を震撼させた興福寺

皆さん、こんにちは。 平安時代末期から、興福寺は各所に荘園を持ち、それを守るための大きな武力も備えて、中世大和の支配者として君臨しました。 www.yamatotsurezure.com 興福寺が中世、その力を世に示した行動に「強訴」があります。 畿内の大寺院は、平…

一代の風雲児、信貴山に散る。松永久秀(9)

皆さんこんにちは。 大和国の覇権をめぐり筒井順慶とはてしない抗争を続けた松永久秀。 辰市城の戦いで順慶に大敗した久秀は、その後振るわず、信長と対立したのち、その軍門に下ることになります。 www.yamatotsurezure.com 主家、三好本宗家が滅亡し、織田…

大和の覇権を決めた、辰市城の戦い。松永久秀(8)

皆さんこんにちは。 三好三人衆との和睦で、再びかつての三好家として結集していく動きの中、久秀は足利義昭の幕府とは決別していくことになります。 www.yamatotsurezure.com この久秀の選択は、はたして彼にとって吉と出たのでしょうか。 辰市城の戦い 信…

真夏のオリンピックと商業主義を考えてみる

皆さんこんにちは。 はじめに プロとアマチュア 拡大するオリンピック オリンピックに商業主義は必要か はじめに 2020年は東京オリンピック・パラリンピックの年ですね。 多くの日本人にとって様々な協議を時差無しで観戦できる、首尾よくチケットを入手でき…

大混迷の畿内、最後はふりだしに戻る!?松永久秀(7)

皆さんこんにちは。 三好三人衆のクーデターで三好家中から一度は追放され、窮地に追い込まれた松永久秀でしたが、三好義継と合流して大仏殿の戦いで勝利し、織田信長の上洛によって形勢を挽回することに成功しました。 www.yamatotsurezure.com その後の久…

戦国のメリークリスマス 松永久秀(番外)

皆さんこんにちは。 松永久秀には巷間伝わるエピソードが虚実取り混ぜて数多くありますが、その中に「クリスマス休戦を命じた」というものがあります。 今回は、少し趣向を変えて、久秀が命じたというクリスマス休戦について取り上げてみたいと思います。 本…

中世大和の支配者、興福寺

皆さんこんにちは。 当ブログでは、奈良、大和国の戦国武将である筒井順慶や松永久秀らを取り上げてきましたが、平安時代の末期から戦国時代に至るまで、大和を支配した一大勢力といえば「興福寺」です。 現在、奈良公園内の寺院として、世界遺産にも登録さ…

大仏炎上と信長の上洛。松永久秀(6)

皆さんこんにちは。 三好家を追放され、筒井順慶、三好三人衆(三好長逸、三好宗渭、岩成友通)の攻勢についに行方不明となってしまった松永久秀。 www.yamatotsurezure.com 主君三好長慶の死後、順風満帆に出世街道から一転、窮地に追い込まれた久秀ですが…

将軍暗殺と三好家分裂。松永久秀(5)

皆さんこんにちは。 前回は教興寺の戦いを中心にご紹介しました。 www.yamatotsurezure.com 今回は、長慶死後の活躍を中心にご紹介します。 将軍暗殺 三好家の分裂 久秀失踪 将軍暗殺 1564(永禄7)年7月、一代の英雄三好長慶がこの世を去りました。 長慶が…

教興寺の戦いと三好政権の黄昏。松永久秀(4)

皆さんこんにちは。 前回は、久米田の戦いから、三好長慶が窮地に追い込まれるまでをご紹介しました。 www.yamatotsurezure.com 今回は、いよいよ、戦国における畿内最大の会戦となる、教興寺の戦いと、久秀の活躍をご紹介していこうと思います。 教興寺の戦…

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