大和徒然草子

奈良県を中心とした散歩や歴史の話題、その他プロ野球(特に阪神)など雑多なことを書いてます。

歴史の話

大和郡山城外堀を行く(3)外堀南側

皆さんこんにちは。 大和郡山市街をぐるりと約5.5Kmにわたって取り囲む、外堀の遺構を巡る第3回です。 前回は外堀西側をご紹介しました。 www.yamatotsurezure.com 今回は、中心市街地にも近い南側のエリアを巡ります。 箕山裏池~高塚池 矢田筋裏池 八幡堀…

僧兵~仁義なき戦い

皆さんこんにちは。 僧兵と聞いて、どんなイメージを持たれるでしょう。 記事先頭の絵巻に描かれたように、五条袈裟を頭に巻いた、裏頭(かとう)と呼ばれる装束で、薙刀や槍で武装した僧侶の姿を思い浮かべる方が多いんじゃないでしょうか。 源義経に仕えた…

大和郡山城外堀を行く(2)外堀西側

皆さんこんにちは。 大和郡山城の外堀巡りの第2回です。 前回は、外堀の北側をご紹介しました。 www.yamatotsurezure.com 今回はお城の西側エリア、蛇ヶ池から大納言塚までをご紹介したいと思います。 ↓の地図の赤線で囲んだエリアになります。 こちらのエリ…

大和郡山城外堀を行く(1)外堀北側

皆さんこんにちは。 色々ありまして、ちょっと気を病んでしまい、会社をしばらくお休みすることになりました。 病気は残念なんですが、図らずも時間は沢山出来たので、前からやりたいと思っていたことを、この機会に無理のない範囲でやれないかなと思ってま…

運慶(2)~大仏師運慶

皆さんこんにちは。 日本史上最も高名な仏師といえば、まず運慶の名が上がるでしょう。 日本仏像彫刻の一つの到達点とも評価され、「天才」の二つ名で語られることも多い運慶は、平安から鎌倉へと時代が移り、貴族に替わる新たな支配層、武士にその作風が愛…

思ってたんと違う(3)源平合戦

皆さんこんにちは。 さて、源氏と平氏といえば、源平合戦に代表されるように、一般にライバル関係にあった一族という見方をされる方も、少なくないんじゃないでしょうか。 年末の風物詩、紅白歌合戦の紅白も、源氏が白、平氏が紅い旗を使っていたことに由来…

運慶(1)~慶派誕生

皆さん、こんにちは。 運慶という仏師の名はご存知の方も多いでしょう。 同時代を生きたもう一人の著名な仏師快慶とともに、平安末期から鎌倉時代初頭にかけて、一世を風靡した仏師集団慶派の全盛を主導し、仏像表現に革命的な変化をもたらしたとされる人物…

思ってたんと違う。(2)廃仏毀釈

皆さん、こんにちは。 突然ですが、廃仏毀釈ってご存知でしょうか。 仏教を排撃して、寺院を破壊したり、仏像、仏典を破棄したりすることを指しますが、1868(慶応4)年に布告された神仏分離令をきっかけに、明治初頭、神道国教化運動の中で仏教が排撃を受け…

思ってたんと違う。(1)中世武士の実像

皆さんこんにちは。 実像とイメージがかけ離れていることって、世の中いろいろありますよね。 とくに、歴史上の人物だったり、事象であったり、遠い過去の話となると、その後作られた創作物などによってイメージが形作られ、実像を知ると「思ってたんと違う…

異端の天才、世阿弥はなぜ忘れられたのか(6)

皆さんこんにちは。 能の大成者世阿弥は、その晩年から死後、20世紀初頭まで一般には忘れ去られた存在でした。 現在では史上最も有名な能楽師の一人である世阿弥はなぜ忘れられたのか、彼の人生から追っていくシリーズの今回6回目です。 www.yamatotsurezure…

異端の天才、世阿弥はなぜ忘れられたのか(5)

皆さんこんにちは。 能の大成者世阿弥は、その晩年から死後、20世紀初頭まで一般には忘れ去られた存在でした。 現在では史上最も有名な能楽師の一人である世阿弥はなぜ忘れられたのか、彼の人生から追っていくシリーズの今回5回目です。 www.yamatotsurezure…

異端の天才、世阿弥はなぜ忘れられたのか(4)

皆さんこんにちは。 能の大成者世阿弥は、その晩年から死後、20世紀初頭まで一般には忘れ去られた存在でした。 現在では史上最も有名な能楽師の一人である世阿弥はなぜ忘れられたのか、彼の人生から追っていくシリーズの今回4回目です。 www.yamatotsurezure…

異端の天才、世阿弥はなぜ忘れられたのか(3)

皆さんこんにちは。 能の大成者世阿弥は、その晩年から死後、20世紀初頭まで一般には忘れ去られた存在でした。 現在では史上最も有名な能楽師の一人である世阿弥はなぜ忘れられたのか、彼の人生から追っていくシリーズの今回3回目です。 www.yamatotsurezure…

異端の天才、世阿弥はなぜ忘れられたのか(2)

皆さんこんにちは。 能の大成者として知られる世阿弥。 今や、史上もっとも有名な能楽師の一人である世阿弥が、広く一般に名が知れ渡るようになったのはここ100年余りのことです。 不世出の天才能楽師であった世阿弥は、その死後長らく人々から忘れ去られた…

異端の天才、世阿弥はなぜ忘れられたのか(1)

皆さんこんにちは。 日本を代表する芸能に能があります。 同じ能楽でも、世俗の人々の日常をユーモアを交えて演じる狂言に比べると、幽霊や神といった超自然的な存在を題材として、舞踊が中心となることの多い能は、いささかとっつきにくいという人も多いか…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(9)

皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃の空中攻撃隊総隊長を務め、戦後キリスト教への信仰に目覚めて伝道の道に入った淵田美津雄の数奇な生涯をご紹介して、今回9回目。最終回となります。 www.yamatotsurezure.com 敗戦で軍人として職を失い、東京裁判では勝者によ…

筒井順慶とは何者か

皆さんこんにちは。 2020年大河ドラマ「麒麟がくる」にいよいよ筒井順慶が登場しました。 戦国時代に関心がある方なら、名前くらいは聞いたことがある、という人も多いかもしれないですが、ドラマや小説などに取り上げられることも少なく、一般的な知名度は…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(8)

皆さんこんにちは。 日米開戦の火蓋を切った真珠湾攻撃。 その空中攻撃隊総隊長、淵田美津雄をご紹介して今回8回目です。 www.yamatotsurezure.com 敗戦とともに公職追放となって、故郷奈良に帰った淵田。 恩給も止められ経済的には困窮しつつも、家族ととも…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(7)

皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃総隊長として、日米開戦の火蓋を切り、戦後キリスト教伝道者となった淵田美津雄をご紹介して今回7回目になります。 www.yamatotsurezure.com 1945(昭和20)年8月5日、連合艦隊航空主席参謀であった淵田は、出張で広島を訪れ、…

歴史上の人物に見る「逃げ恥」

皆さんこんにちは。 「逃げるは恥だが役に立つ」といえば、2016年にTBS系でドラマ化され、主題歌も大ヒットした漫画のタイトルですね。 もとはハンガリーのことわざで、恥ずかしい逃げ方だとしても、生き抜くことが大切であることを意味します。 「逃げる」…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(6)

皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃の現場総指揮官、淵田美津雄を紹介している当記事も、今回6回目です。 1942(昭和17)年6月、日本はミッドウェー海戦で主力空母4隻と多数の航空機を失って大敗します。 www.yamatotsurezure.com 第一航空艦隊旗艦、赤城の飛行…

みんな大好き「陰謀論」。黒幕は存在するのか。

皆さんこんにちは。 今回は巷にあふれる「陰謀論」について取り上げてみたいと思います。 個人的にはいろいろと想像を膨らませてくれることもあり、歴史的事件の陰謀論の類は大好物です。 とはいえ、扱いを誤ると、危険なものにもなりかねないものなので、注…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(5)

皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃の空中攻撃隊総隊長、淵田美津雄をご紹介して今回5回目です。 www.yamatotsurezure.com 真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争の序盤戦、日本は瞬く間に南太平洋を席捲し、アメリカ、イギリスを圧倒しました。 敗戦続きのアメリカ…

天下人を支えたナンバー2。大和大納言、豊臣秀長

皆さんこんにちは。 成功する組織には優れたリーダーはもちろんですが、優秀な補佐役となるナンバー2がいるものです。 織田信長の覇業を継承して、天下人となった豊臣秀吉。 下層階級の出身から武士となったと考えられる秀吉が、第一の家臣として、終生最も…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(4)

皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃の現場総指揮官、淵田美津雄をご紹介して今回4回目です。 徹底した隠密行動で真珠湾奇襲を成功させた、日本海軍の第一航空艦隊は、アメリカ太平洋艦隊の主力戦艦の多くを撃沈、大破させ、所期の作戦目的を達成しました。 www.y…

明智光秀と奈良

皆さんこんにちは。 2020年大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公として、脚光を浴びている明智光秀。 彼のゆかりの地といえば、領地のあった近江坂本や、丹波亀山、福知山が有名でしょうか。 奈良県域の話題や歴史的な出来事をご紹介する当ブログとは一見無縁の…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(3)

皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃隊の総隊長、淵田美津雄をご紹介しています。 日中戦争が泥沼化する中、中国、東南アジアへの日本軍の進出をめぐり、日米は一触即発の緊張関係となっていました。 www.yamatotsurezure.com 1941(昭和16)年11月26日、給油艦6…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(2)

皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃隊の総指揮官を務めた淵田美津雄の半生をご紹介する、今回2回目となります。 前回はその出生から海軍士官となり、飛行将校として歩みだした淵田をご紹介しました。 www.yamatotsurezure.com 1922年のワシントン海軍軍縮条約以…

キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(1)

皆さんこんにちは。 今回ご紹介する人物は、日米開戦の火ぶたを切った真珠湾攻撃で、真珠湾攻撃隊の総指揮を執り、「トラトラトラ(ワレ奇襲ニ成功セリ)」のトラ連送の暗号打電を行った、淵田美津雄です。 太平洋戦争の戦史について、詳しい人以外、日本で…

変節漢か忠義の士か。藤堂高虎

皆さんこんにちは。 藤堂高虎という戦国武将をご存知でしょうか。 築城の名手として知られ、その特徴は高く石垣を積み上げる高石垣。伊賀上野城が代表格ですが、同じく戦国末期に築城の名手として知られた加藤清正の反りを重視した石垣とはまた違った見どこ…

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