大和徒然草子

奈良県を中心とした散歩や歴史の話題、その他プロ野球(特に阪神)など雑多なことを書いてます。

歴史の話

高原にそびえた大和第三の近世城郭・宇陀松山城~破却された幻の城郭を歩く

奈良県宇陀市の宇陀松山城は、奈良県下では郡山城、高取城とならぶ近世城郭でした。 もとは在地国人・秋山氏の詰城でしたが、伊勢街道を抑える豊臣政権の拠点として近世城郭として大規模拡張されました。 しかし、1615年に大坂の役で豊臣方への内通を疑われ…

応仁の乱への道~大和武士の興亡(3)

大和永享の乱は幕府方筒井氏の勝利で終結しました。 しかし乱後間もなく嘉吉の変で将軍・足利義教が暗殺されると、義教によって失脚していた各地の実力者が復活。 大和でも筒井氏出身の成身院光宣と一時将軍・義教によって失脚していた経覚が、興福寺の権益…

上街道沿いの幻の中世城跡・井戸城と別所城~上街道散歩(2)

戦国時代、筒井氏の重臣であった井戸氏が本拠とした井戸城は、幾度も大和の戦国史における重要な戦いの舞台となり、史料上に頻出する城郭でありながら、廃城後どこにあったのか現在では判然としない幻の城郭になっています。 その有力な候補地となる奈良県天…

南北朝の争乱・興福寺支配の解体と大和永享の乱~大和武士の興亡(2)

鎌倉時代末期から南北朝時代を経て興福寺の支配を脱していく大和武士の姿をご紹介します。 鎌倉時代末から大和国内では興福寺の両門跡寺院の争いが激化して寺門の権威が失墜する一方で、南北朝の争乱を通じて衆徒・国民たちは興福寺からの自立し、幕府・北朝…

なぜ興福寺は中世大和の支配者となったのか~大和武士の興亡(1)

奈良県域の大和国は中世興福寺が治めたことで知られ、鎌倉、室町を通じて守護が置かれませんでした。 しかし、他国同様平安時代の後期には武士が出現しており、大和の武士たちは興福寺によって組織化されていきました。 なぜ興福寺が中世大和の支配権を握っ…

奈良県下最大の花街・生駒新地とその跡を辿る

奈良県生駒市の近鉄生駒駅から宝山寺門前に延びる参道は、かつて生駒新地と呼ばれた巨大花街でした。 現在は宝山寺門前をのぞいて新地の趣は失われましたが、生駒新地の歴史とかつての旧跡をご紹介します。

古社と古道が交差する町・櫟本。上街道散歩(1)

奈良県天理市櫟本町は古代官道に由来する上街道と北の横大路が交差し、名張と大和国を結んだ幹線道・高瀬街道が交差する市場町として栄えました。 旧街道沿いにはかつての市場町の風情が残り、和爾下神社、在原神社といった古社があり、散歩を楽しむスポット…

椿井文書~奥深い偽文書の世界

椿井文書は江戸時代後期に山城国相楽郡の椿井政隆が作成したとされる一連の偽文書です。 流布した範囲は京都府はもちろん滋賀県、大阪府、奈良県や三重県の伊賀地方にまで及び、中世文書として自治体史に引用されたものも少なくありません。 椿井文書の特徴…

筒井氏の戦国期拠点城郭・椿尾上城~奈良県下屈指の中世石垣遺構を残す城

奈良市北椿尾町の城山山上にある椿尾上城は、筒井氏の山城で、筒井城を松永久秀に奪われた筒井順慶は、この城を拠点として故地回復を図り、久秀と熾烈な抗争を繰り広げた。 元は戦時の詰め城として築城されたが、順昭の時代から政庁機能を持つ戦国期拠点城郭…

奈良県の怪異・妖怪の伝承(9)「幽霊」

各地に伝わる怪異譚で定番の一つが幽霊にまつわるものです。 奈良県内でも各地に幽霊にまつわる伝承が残されています。 奈良らしく歴史にまつわるものから、一風変わった独特のものもあり、「大鹿の怨霊」など怖ろしい話ながら「鹿」の亡霊が登場するのは奈…

唐院城~巨大古墳と環濠集落(唐院環濠)

奈良県川西町の唐院は中世城郭の唐院城をルーツとする環濠集落です。 城跡一帯は主に畑地となっていますが、堀跡の道路や南側水路、主郭跡に残された祠が、往時の城郭の姿を微かにうかがうことができます。 集落は下街道と丹波市街道の辻となっており巨大前…

大和郡山のもうひとつの城下町・小泉城(小泉陣屋)の歩き方

奈良県大和郡山市の小泉城(小泉陣屋)は、江戸時代の陣屋としては規模が大きく、二重の堀と複雑な枡形まで備えた城郭と言って差支えのないものでした。 明治以降、白は住宅地の中に飲み込まれた城跡の見所をご紹介していきます。

結崎環濠散歩(2)歴史ある古社と惣村の町並み

奈良県川西町の中心市街である結崎は、県内でも環濠集落が集中している地域で、井戸、辻、市場、中村の4つの集落が役場周辺にあります。 市場集落には延喜式内社である糸井神社が鎮座し、その神宮寺であった和福寺に祀られていた薬師如来や平安時代作とされ…

結崎環濠散歩(1)~美しい水堀を残す井戸環濠・辻環濠

奈良県川西町の結崎環濠は、井戸、辻、中村の3つの環濠集落にわかれます。 井戸環濠、辻環濠は中世国人領主の居館を囲んだ濠に由来する環濠集落で、埋め立てられた濠あるものの、一部が良好な形で残り往時の姿を偲ばせます。

喜連環濠(喜連城)・大阪屈指の難読地名・喜連の消えた環濠跡を歩く

大阪市平野区にある旧喜連環濠地区は、中世以来の環濠集落で、高度経済成長期に集落の四方を囲んだ濠は失われましたが、現在もかつての環濠の出入り口に祀られた地蔵尊と中世以来の町割りが残ります。 また、江戸~明治にかけての古民家が多く残り、大阪市内…

思ってたんと違う(14)血統より家の利益存続を重視した日本の「家」

「家」というと、男系によって家名が存続されていく制度というイメージがありますが、日本では古来より家名の存続において男子の血統は必ずしも重視されず、他氏からの養子縁組が、貴族・武士から庶民に至るまで頻繁に行われてきました。 しかし例外もあり、…

奈良の城郭~知られざる城跡ホットスポット・奈良県

奈良県は中世から近世まで、時代ごとに特徴的な城郭が集中するホットスポットです。 およそ560あるとされる県内の城跡のうち、見学がしやすくおすすめの城跡を、日本の城郭発展の概要とともに紹介します。

平群谷の謎多き山城~椿井城

奈良県平群町の椿井城跡は矢田丘陵南西の尾根上に築かれた山城跡で、その周辺や内部を紹介します。 築城年代は15世紀と見られ16世紀に大幅な拡張・改修が加えられたと見られます。 城主の名や、そもそも城がどのような名で呼ばれていたかも確かな史料がなく…

保津環濠集落~その環濠は防衛対策か洪水対策か?

奈良県田原本町の保津環濠集落は集落を取り囲んでいた水堀が水路としてほぼ完存します。保津環濠集落の形成については灌漑、洪水対策とする説も有力ですが、出入り口の形や横矢掛りを設けた構造から、外敵に対する防衛対策が集落形成の背景にあったと考えら…

平野郷散歩(4)昭和レトロ漂う平野本町通、全興寺界隈

大阪市平野区の中心市街は、江戸時代まで平野郷と呼ばれた環濠集落です。 戦後、平野の中心的な商店街となった本町通には昭和レトロなアーケード街がある他、平野郷発祥の地である全興寺は、気軽に楽しく仏教の世界を体験できる施設がいくつもある楽しいスポ…

平野郷散歩(3)大念佛寺と商家の町屋、平野南海商店街界隈

大阪市平野区の中心市街はかつて平野郷と呼ばれ、大阪府内で最も古い歴史を持つ集落の一つです。 町内のそこかしこに長い歴史を感じるスポットがあって、散歩がホントに楽しい町。今回は平野郷の西部を中心に大念佛寺や江戸時代まで町の繁栄を支えた商家の町…

平野郷散歩(2)舟入と大阪初の民間教育機関・含翠堂、奈良街道界隈

大阪市平野区の中心街区はかつて巨大な環濠に囲まれた自治都市で、大阪市内では最も古くから集住が始まった町の一つです。 江戸時代の木綿産業による繁栄を偲ばせる旧舟入跡、大坂で最初の民間教育機関・含翠堂と奈良街道の沿いの町並みなどの旧跡をご紹介し…

平野郷散歩(1)環濠都市の歴史と杭全神社界隈を巡る

大阪市平野区の中心街区は江戸時代まで平野郷と呼ばれ、大阪市内で最も古くから集落が形成された場所です。 中世には防衛のため集落全体を水堀で囲んだ環濠集落で、郷民による自治都市でした。 江戸時代も商業都市として繁栄し、今は堀はほとんど失われたも…

思ってたんと違う(13)どうする家康!?誤算だらけの関ヶ原の戦い。

2023年大河ドラマ『どうする家康』の主人公・徳川家康が、その勝利によって天下の覇権を握った関ヶ原の戦いは、司馬遼太郎の『関ヶ原』などの小説やドラマなどの影響もあり、従来、家康必勝の戦いとしてイメージされることも多い合戦です。 しかし、近年発見…

奈良盆地一望の絶景を誇る巨大中世山城・龍王山城

奈良県天理市の龍王山城は奈良県下最大級の中世山城です。 北城、南城の二つの曲輪群からなる巨城で、北城は複雑な曲輪の構造や堀切、石垣などの遺構が残り、南城本丸は龍王山山頂で奈良盆地一望の絶景スポット。 大和の有力国人・十市氏の栄枯盛衰の舞台と…

山城国一揆の拠点・上狛環濠集落(大里環濠)と茶問屋街(福寿園)・旧山城町中心街区を巡る

京都府木津川市のJR上狛駅西側に広がる旧山城町中心地域は、中世の環濠集落と幕末以降発展した茶屋問屋街の町並みが残ります。 上狛環濠集落は京都府下最大級の環濠集落で、一部の環濠は農業水路として両行に残ります。環濠集落南側の茶問屋街には、幕末から…

戦国大和の最前線~片岡城~AR(拡張現実)で在りし日の城郭の姿を偲ぶ

奈良県上牧町の片岡城跡は、城域のほとんどが民有地で、以前は立ち入りできる場所がほとんどなく表面観察できる遺構も限られていましたが、近年城跡が整備され、主郭にも立ち入ることができるようになりました。 城跡には片岡城の往時の姿をCGで再現したAR(…

紅葉の名所・竜田公園を外堀とした幻の城郭・龍田城(龍田陣屋)

奈良県斑鳩町の紅葉の名所・竜田公園の東側一帯は、「賤ケ岳の七本鎗」の一人で、豊臣秀頼の家老であった片桐且元の居城・龍田城がありました。現在は城地のほとんどが住宅地となり、遺構は内堀の一部しか残されていませんが、古絵図と見比べながら現地を歩…

思ってたんと違う(12)どうする家康!?神君伊賀越え~異説大和越えルート・決死の逃避行で大和を越えた家康

2023年大河ドラマの「どうする家康」でも、山場エピソードの一つとなるのが、本能寺の変後に堺から領国三河への決死の逃避行「神君伊賀越え」で、徳川家康人生最大の苦難の一つとされます。 堺を発った家康は山城から信楽、伊賀と経由して伊勢に抜けたという…

祝・国史跡指定!紅葉色づく晩秋の郡山城城跡を巡る。

2022年11月に国史跡に指定された郡山城跡は、桜の名所として有名ですが、晩秋、柳沢文庫付近を中心に紅葉が鮮やかに色づきます。 郡山城の内郭を中心に見どころをご紹介します。