大和徒然草子

奈良県を中心とした散歩や歴史の話題、その他プロ野球(特に阪神)など雑多なことを書いてます。

環濠の森に立つ室町の美しい神社本殿~奈良県景観資産・藤森環濠

皆さんこんにちは。

2022年、新たに国の重要文化財として登録されることになった、奈良県大和高田市にある十二社神社本殿は、中世からの環濠に囲まれた小さな集落、藤森環濠集落にあります。

場所はこちら。

中和幹線の藤森交差点を下街道沿いに少し北に向かった場所になります。

今回十二社神社本殿が

藤森環濠とは

藤森環濠は、成立年は明らかではありませんが、大和国で多くの環濠集落が形成され始める南北朝期以降、集落が形成されていったと見られます。

中世以来、奈良と五條、紀州を結ぶ主要交通路であった下街道のすぐ東側に位置し、領主居館の館城ではなく、農村集落が自衛のため堀を備えた環濠集落と見られます。

こちらは江戸地代の古図。

こちらが現在の地図になります。

国土地理院HPの地図から作成

東西250m、南北200mほどと小さな集落ですが、上記の地図からもわかるように、水堀のほとんどが残るほか、街路は遠見遮断のクランクやT字路、行き止まりが多く見られ、中世環濠集落の特徴的な町割りが、そのままに残されています。

 

下街道沿いに立つ地蔵堂の奥に見えるのが、十二社神社の森。

 

十二社神社

藤森の十二社神社は、旧村社で、祭神は国常立命をはじめとする15柱。

集落の南西隅一帯を境内としています。

 

神社の正面に石の鳥居が立っています。

鳥居の脇には、自動車が2台ほど停められる駐車スペースがありました。

 

鳥居をくぐるとすぐ右手に慈雲寺の額がかかったお堂があります。

慈雲寺はもともと十二社神社の神宮寺で、明治の神仏分離令で廃寺となりました。

神社に伝わる古物を祀っているとのことですが、新しい倉庫のようなお堂です。

 

境内の概観です。

一見すると、普通の村の鎮守といった趣の境内です。

本殿の脇に立つのは境内社琴平神社厳島神社

こちらは拝殿

 

こちらが2022年に重要文化財に登録されることになった本殿

彩色が非常に美しい本殿は、建築年代を明示する史料はないものの、その様式やチョウナで仕上げた痕跡から室町時代中期(14世紀末~15世紀中頃)の建築であると推定され、中世の隅木入春日造社殿として極めて貴重な建築と評価されています。

実際に見ると極彩色が鮮やかで、思った以上に迫力のある建物でした。

筆者の地元の小泉神社本殿もそうですが、全く観光地化されていない長閑な集落の神社に、しれっと全国的にも貴重な建築が残されいているところが、いかにも奈良っぽいところです。

豪華な色彩には目を見張りますが、長年お社を大切に維持してきた集落の皆さんにただただ脱帽です。

もともと江戸時代まで、藤森は多武峰妙楽寺(現談山神社の寺領で、こちらの本殿も妙楽寺から移築されてきたものと伝わります

多武峰からの移築であれば、なるほどと納得の美しさ。

また、現在の談山神社には江戸時代以前の建築は残されていないので、妙楽寺からの移築が事実であれば、妙楽寺由来という意味でも本当に貴重な建築ということになります。

実は、こちらの本殿、調査が進んで貴重な建築と評価され、奈良県指定文化財となったのが2020年。そこから2年で国の重要文化財になったということで、まだまだ他の地域にも調査が進んでないだけで、貴重な建築っていっぱいあるんじゃないかと思いました。

 

環濠

さて、次は集落を取り囲む環濠をめぐります。

藤森環濠は、西側が1998(平成10)年~2001(平成13)年にかけて整備され、一部公園化されています。

中世からの水堀が残され、奈良県の景観資産にも指定されている場所です。

南西側

堀の南西部は十二社神社を取り囲む箇所。

写真だとわかりにくいですが、十二社神社の周囲には土塁の跡があります。

 

北西側

続いて北西側。

訪れたのは6月下旬で、水田にたくさんの水が必要な時期ということもあり、堀の水量も多いです。

奈良県内の環濠は、近世以降は農業用水路として残りました。

藤森環濠は現在も水田に囲まれた集落で、こちらの環濠も大事な農業用水として機能しています。

住民のための憩いスペースが、環濠の北西部に設けられています。

南郷環濠と同様、水辺に親しむ空間が造られています。

環濠整備事業の竣工記念碑。

江戸時代の藤森集落が書かれた絵図も掲示されています。

当記事冒頭の古図はこちらの記念碑を拡大したものです。

北東~北側

集落の東側には、出入口が南北2ヶ所ありますが、こちらは南側の入口。

クランクになっており、簡単な枡形構造となっています。

北に向かって伸びる東側の水堀。

用水路として残されています。

住民の皆さんの環濠への愛着があふれる看板。

こちらは集落東の北側出入り口付近に鎮座する高龗神社(たかおかみじんじゃ)

旧村社で、創建にまつわる由来などは不明です。

祭神は社名から産業と水利の神、高龗大神かと思われますので、田畑の無事と豊作を祈念して祀られたのでしょう。

 

高龗神社の脇に立つ大神宮の常夜灯

歴史ある集落の出入り口にはお馴染みの構造物です。

 

なみなみと水を湛えた堀が、集落の北側を囲っています。

 

北西の公園付近まで来ると、柵も整備された意匠に変わります。

南西~南側

南側は、住宅街の中を堀が巡っています。

環濠の南側の堀は幅広ですね。

南の堀は途中から暗渠になります。

古地図を見ると、集落の西側からは直接集落内に入るルートがなかったようで、近代になって堀の暗渠化や、十二社神社の前から下街道に向かって西へ伸びるルートが設けられたようです。

暗渠部分を抜けると、十二社神社の南側、整備された区域に出ます。

藤森環濠は、Googleストリートビューでも、ぐるりと一周できますので、ぜひ一度バーチャルで散策をお楽しみください。

藤森環濠の集落内は、建て替えも進んで古い民家は少なかったですが、クランクやT字路が連続する細い路地を歩くと、中世の遺風を強く感じることができました。

自動車が通れないなど、生活に不便な面も多々あるかと思いますが、これからも中世の記憶をとどめる町並みが、長く残されていくことを願います。

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