皆さんこんにちは。
「ヒダル神」という怪異をご存知でしょうか。
道を歩いている人に憑りつく怪異で、ヒダル神に憑かれた人は、急に激しい疲労感や空腹感に襲われ、その場から身動きできなくなり、最悪の場合行き倒れて死んでしまうという恐ろしい怪異です。
西日本に広く伝承されている怪異で、奈良県内でもいろいろな場所で伝えられていますので、ご紹介したいと思います。
北和、中和地域
共通するのは、道を歩いているときにこの怪異に憑かれると、急に空腹で動けなくなり、何か少しでも食べ物を食べるとよくなる、または、米という字を手のひらに書いて舐めるとよいというものです。
多武峰村(現桜井市南部)に出没したヒダル神は、四つ辻(交差点)に現れるといい、憑かれると冷や汗をかいて倒れてしまうと伝わっています。
奈良市では大安寺堤に現れたとされ、千吉という丁稚が憑りつかれて倒れ、しゃべることもできない状態だったが、大八車で家に運ばれて饅頭を食べさせると回復したと伝わります。
また、大和郡山市では1736(元文元)年、とある老翁が火葬場の付近の新墓という場所でヒダル神に憑かれ、手のひらに米の字を書いて舐め、一命をとりとめたという話が伝わっています。
宇陀
宇陀もヒダル神の伝承が多く伝わる地域です。
宇陀のヒダル神の特徴は、特定の場所に現れ、その場所を食べ物を持たずに通りかかると憑りつかれるというものです。
その場所の一つは、室生寺と仏隆寺を結ぶ参詣路の中程の箇所になります。
そこには1862(文久3)年に建てられた供養塔があり、法界萬霊の文字の下に、16字の偈と一首の歌が刻してあるといいます。
この峠ではたびたびヒダル神が現れたので、旅人を守るため、お地蔵さんをお祀りしました。
そのお地蔵さんは「ひだる地蔵」と呼ばれ、今も峠を越える人々をお守りしてくれています。
場所はこちら。国道166号線の道路沿いあります。
こちらが現在のひだる地蔵さん。
今ではヒダル神除けではなく、交通安全祈願が主な役割になっているようですね。
また、宇陀、吉野郡の境界に現れたヒダル神は、「イザリガミ」とも呼ばれたようです。
十津川村
十津川村も、ヒダル神が広く伝わる地域の一つです。
こちらでは「ダル」と呼ばれており、ヒダル神に憑かれて動けなくなることを「ダルが憑く」といいます。
ヒダル神の正体は、山道で行き倒れとなった人の亡霊とされ、憑かれた時の対処法は、食べ物を食べるか、手のひらに米の字を書いて舐めるというように、他の地域と共通しています。
また、十津川村五百瀬ではダルに憑かれると、生汗が出て動けなくなるといい、おなかが減ってひもじいことを「ヒダルイ」とも言うそうです。
このヒダル神の怪異は、昭和の初め頃あたりまでは信じられていたようで、昭和5年に郡山中学の山岳部一行が、十津川村の榎木谷で遭難した際、取材に来た大阪日日新聞の記者に、地元の古老は村に伝わる伝承から、ヒダル神に憑かれたのだろうと話したそうです。
古老曰く、昔、榎木谷で7人の旅人たちが行き倒れて餓死し、ヒダル神と化した。
以後、7人連れの旅人に災いをなすようになった。と。
ヒダル神の正体とは
ヒダル神は奈良盆地から宇陀、東山中、吉野、十津川と、その伝承が県内の広範にわあることからも、頻発し、身近な怪異であったことがうかがえます。
ちなみに現代でも、このヒダル神に憑かれたという話を聞くことがあります。
多くの報告例は、ハイキングや登山を楽しんでいた時で、現在ではその正体は、急激な低血糖や、二酸化炭素中毒が有力な原因説となっているようです。
長時間、栄養補給をせずに歩き続けると、急激に血糖値が下がって身動きが取れない症状になる場合があります。
また、山道などでは植物の腐敗などによって二酸化炭素がたまる場所があり、そういう場所にさしかかると二酸化炭素中毒になって意識障害を引き起こす場合があります。
症状的には、ヒダル神に憑かれた状態に酷似していますし、食べ物を食べると回復するというヒダル神への対処法は、そのまま低血糖対策に当てはまります。
江戸時代までは、ほとんどの人は徒歩で移動していました。
なので、長時間の移動で、低血糖に陥る人も多く、実体験した人も、それで行き倒れた人を見ることも多かったと考えられます。
そのため、ヒダル神の伝承が、広く伝えられたのではないでしょうか。
また、ヒダル神除けに食べ物を持って峠を越えることは、理にかなった低血糖対策でもあったことを考えると、昔からの伝承に込められた、人々の知恵をうかがうことができますね。
<参考文献>